オーセイブル・カズムGeorgia On My Mind(2)

2019年07月25日

Georgia On My Mind(1)

今回のもう一つの目的に40年前私が住んでいた街と通っていた学校への再訪、そして友人との再会があります。いよいよその目的を果たす日がやって来ました。

早朝6時のアトランタ行き便に間に合う様自宅を午前3時に出発、バーリントン空港へは4時半ごろの到着にも関わらず大混雑しています。国内フライトですがセキュリティは非常に厳しく、爆薬検査犬の巡回、火薬検査紙を用いられ検査を受けました。

ハブ空港へは大きな機材を用いるのかボーイング737-800でした。アトランタへ向けて出発は6時、到着が8時40分です。満席では無いですが、早朝にも関わらず90%の搭乗率の様でした。
BTV-ATL

アメリカは、空港、飛行機の中、飲食店、ホテルロビー、ショップどのお店もエアコンをガンガン効かせて寒い程です。省エネなどの観念は皆無、あるのは日本ぐらいでしょう。訪れる方長袖は必須ですよ。
シャンプレーン湖2

到着したアトランタ空港は、昔とは全く様変わりした空港になっていました。アメリカで一番多い発着回数、一番混雑する空港は現在も拡張工事が行われています。
広大な敷地にトラム、マルタ、スカイトレインの3つの移動手段があり、バゲージクレームや大きなホテルまでトラム移動、そこから更にレンタカー会社、小さなホテルまではスカイトレインで移動するなど大きな空港ならではの距離があります。しかし合理的に考えた判り易い空港のためほとんど迷う事はありません。
atlanta welcome

スカイトレインを降り、案内板に従って階下へ向かうとそこは上下階に別れているものの10数社のレンタカー会社が同居する専用の建屋でした。私達は6人、手荷物もあり50マイルほど南下するのでレンタカーが必要ですが、直接ダウンタウンへ行くならマルタを利用します。
レンタカー受付
レンタカーに乗り空港を出てインターステイトハイウェイに乗りますが、レンタカーおよび空港パーキングロットから直結しているために短時間で乗れました。良く考えられて機能的に出来て居ると感心しきりです。

私がいた頃のハイウェイの制限速度は55マイル/h、一般道が35マイル/hでした。それが最高速70マイル/h、最低速40マイル/h、一般道45マイル/hに改正されていたのは驚きでした。一方日本は昭和30年終盤に初めてできた高速道路の名神が100km/hを設定してから変わっていない現状をどう解釈するしたらよいのでしょう。
I-85-1

目的地が近づくにつれ気持ちが高揚し始め、40年前の私がいた頃はなど饒舌に話す様になっていました。

学校へは、この日の為にthe alumni officeと前もってコンタクトを取り校内見学の許可を得ました。幼い子供含めたアジア人家族6人が校内を見て回る訳ですから、学校側が不審に思ったり、それが元で家族に不快な気持ちを与えてはいけません。またサマースクール期間中のインターミッションのため学校クローズドを確認する意味合いもありましたが、一番は学校に対して敬意を払い礼儀を尽くす為です。

いよいよ市内へ入りました。当時見たダウンタウンの噴水、街並みなど懐かしい光景はそのまま、次第に記憶が蘇えってきますが、ダウンタウンを抜けまずは学校を目指します。
噴水2


ダウンタウン

学校の駐車場から連絡すると出迎えてくれるそうで全員でオフィスへ向かいました。ほんの数分歩くだけですが、途中校内にいろいろ変化がありました。当時と比べ学生数は3倍、敷地面積は5倍になっているのですから当然でしょうか。
その昔広く感じたオフィス横のパティオは、実際にはそんなに広さはありませんでした。子供の頃に大きいと思っていたのが、大人になって再訪すると意外と小さかったと感じる事があります。それと似た感覚です。
パティオ

初めて会うalumniスタッフですが、そこはOBの私とその家族に対して一同が大歓迎で迎えてくれました。しばらく会話した後に、好きなだけ自由に見て回り、施錠された室内へ入りたければ喜んで開錠するよとも言ってもらいました。
当時あまり感じた事はなかったのですが、改めて見て、手入れ、清掃が行き届いた大変美しい学校に私共々長男夫婦、妻は感動していました。

住んでいた寮は当時のまま
学生寮


校内の教会
校内の教会


大学1


大学2


大学4

この左側にはフラタニティ(グリーククラブハウス)が有ったのですが整備されていました。
大学3


治安の心配が無い安全な場所に学校は有ります。
大学近くの住宅

しばらく自由に見て回り、昔の光景そのままに対しては懐かしさが溢れ、変化には驚いた2時間でした。
再度オフィスへ向かい挨拶をすると在籍時のアルバムを出して家族に見せていました。若くて長髪、しかも子供っぽい顔に全員が爆笑、とても恥ずかしかったのですが良い時間を共有でき、孫に学校グッズのお土産までいただきました。

日本の大学を卒業した長男の感覚では、学校へはいちいち連絡せずに勝手に見え回ったら良いのではと話してたのですが、アメリカであろうが日本であろうが相手に連絡を取り許可を得るのは礼儀として大切と教え、それに対して相手もきちんと礼儀を返してくれる場合があるのが判ったのは収穫と話していたのが印象的でした。

遅い昼食を摂るために向かった先は、学生時に良く利用したフライドチキン屋さんです。今もあるかどうか不安でしたが老朽化していたもののしっかりと営業していました。スタッフが全て黒人の方は当時と一緒。
チヤーチーズ

ランチ後短時間で町を見て回りましたが、私が良く利用した地域は廃れていたり名称が変わっているお店が多いのに一抹の淋しさを受け、改めて40年の歳月は長いと痛感しました。反対にハイウェイ出入り口が大きく発展していたのに目を見張りました。

当時は対面通行、しかも両側に何もなかったのが今ではこんなに発展してました。
I-85出入り口付近

その後ホテルへチェックイン、孫は噴水でしばらく遊び、私はホテルロビーを訪れてくれた友人と談笑、お互いの家族一緒にメキシコ料理を堪能したのでした。
この日集まった双方の家族は合計で17人。たった2組の夫婦からこれだけの人数に増え、そして子供たちの世代へと申し送りをしていくのです。
友人家族

アメリカで食する料理は、安くてボリュームがあり最後まで食べきれずに残してしまいます。
メキシコ料理


メキシコ料理2


噴水

昔利用した地元では大きな衣料品店が無くなり、その跡地にコートヤードマリオットが建っていました。
その衣料品店で、地方では未だほぼ無名のカルバン・クライン本人が、ハウスマネキンとしてジーンズを販売しており購入した記憶が昨日の様に思い出されます。
コートヤード宿

ホテルの窓から噴水を眺め、あわよくばこのまま時が止まって欲しいと願いながら夜は深まって行きました。




yoyaya2 at 23:08│Comments(0) 日常 

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。

オーセイブル・カズムGeorgia On My Mind(2)