2019年07月

2019年07月30日

コルテッツ3部作

ブームの衰えは全く感じず毎日新作が発売、人気品の入手し難さと相まり転売屋やプレ値が横行するスニーカー業界ですが、私もしっかり踊らされてしまってます。

今回は、発表段階から注力したコルテッツ3部作SHOE DOG PACKの入手ミッションでした。
アメリカ旅行のついでとは言え、気乗りで無い長男と現地入手の打ち合わせまで行ったほど私の中におけるスニーカー購入では最大のイベントとまで位置づけた製品でした。

6月半ばの発表以降、発売確定日を心待ちにしていました。あわよくばアメリカ滞在時に発売になれば、日本より遥かに入手し易そうと考えていたのですが、結局帰国後コルテッツSHOE DOG PACKは7月24日に発売が決定し最大限の購入手筈を整えました。

結果は、Botソフトが横行するSNKRS経由での入手は叶いませんでしたが、他経由で意外なほどあっさり3足とも入手できました。今でも普通に店頭、オンラインで販売もしてます。落胆すると同時に、自分の中であの騒ぎは一体なんだったのか自問自答してます。
cortez3packes
最初にディメンション・シックスが、残り2つは28日に到着しこれで3部作が揃いました。

到着したばかりの真っ白なアッパーに映えるレトロチックなディメンション・シックスのロゴを見て一人悦に入る私をチラ見した妻が、「何それ、だっさー。」の一言。
適度に焼け、少しユーズド感が出れば最強になる筈です。これはもう妻とは慧眼の差でしかないと自分に言い聞かせます。

アッパー外側はクラッシックロゴ、内側には外側よりも目立たない様アッパーと同色の今のロゴが配置されています。
cortez3packes2

スポンジ製のシュータンはクラシカルなナイキロゴが拘りです。
shoe tongue

ラッピンングペーパーは3部作のロゴとナイキ前身のブルーリボンスポーツ(BRS)社のロゴも見えます。オニツカタイガーと深いつながりがあるBRS社でした。
falcon

今のスニーカーブームは、メーカーが影響力のある人気ラッパーやボーダーとアドバイザリー契約を結んだり、ファッションアイテムとしてスポット的に着用してもらい人気をあおっている様な気がします。
その上発売数量をコントロールし、枯渇感を出す手法でプレ値でも欲しい消費者を誕生させ、結果転売屋ビジネスが成り立つ仕組みを産んでいます。

踊らされないようにしなければと思いつつ、いつの間にか踊っているのでした。



yoyaya2 at 00:05|PermalinkComments(0) 日常 

2019年07月28日

アメリカ最終日

最終日はバーベキューセットを車へ積み込み、20分程ドライブしてカンバーランド・ベイ・ステート・パークで遅い目のランチです。
パークは、私たちの様に日帰りバーベキューを楽しむサイトと、キャンプサイトが分かれている州が管理する有料施設です。小さい子供用遊具、監視員が常駐したビーチも整備された美しく清掃が行き届いた公園です。当然入場料は発生しますが、グリル、食卓、椅子が据えつけられ燃料と食材を持ち込めば良い環境になっています。
キャンプ1

チキン、シュリンプ、サーモン、そして昨日に続き肉を加えたバーベキューです。自宅で握って持参したおにぎりが格別の味でした。
キャンプ3


キャンプ4

バーベキューを始めるとカモメがおこぼれに預かろうと至近距離で待機しています。
キャンプ6



キャンプビーチ

湖上に雨柱がくっきり見え始め、濡れる前に屋根がある場所まで移動し夕方まで家族の会話とアメリカの自然を楽しみました。
キャンプ雨柱

自宅へ戻り3日後にせまった孫の誕生会をささやかながら開催しました。お菓子がいっぱい詰まったミニオン本体から垂れ下がった紐を引きお祝いするのを、日本から来た私達と一緒に祝いたくて待っていてくれました。
ミニオン誕生日
この無邪気な弾けるような笑顔は、長男が赴任任期を終えるまで再び見納めです。名残惜しいですが、アメリカに渡った長男家族に成長の証が見えた大満足な今回の旅行でした。

窓の外を見ると自宅前のヤードに野生の七面鳥がえさを求めて森から出てきました。アメリカ人は、体が大きい割に脳みそが小さく臆病な七面鳥に置き換えて「He is a turkey」とバカにした表現をします。
ターキー

翌日早朝、バーリントンまで見送ってくれた長男と別れ私たちは帰路に着きました。往路は日付変更線を越える事で日が戻るため1日得した気分にますが、反対に復路は日が進み1日損した気分になります。
帰路


上空

名古屋へ着くと生憎の雨模様でした。留守番の次男に聞けば、私たちがアメリカに行った日から日本はずっと雨続きだったようです。

たくさん買って帰ったお菓子類は日本より甘目の味付けです。好物のビーフジャーキー国内持ち込み禁止されているのが残念です。
お土産お菓子

カナダに近い長男宅一帯は、メイプルシロップ、ウォルナットが名産です。
メープルシロップ

アメリカ本編はこれで終わりです。
スマホで読むのを意識せず、自分の備忘録的な書きたいがままの長文にお付き合い下さりありがとうございました。

40年ぶりに肌で感じた今のアメリカの印象、そして所々で購入した品物はまた別途。


yoyaya2 at 00:25|PermalinkComments(0)

2019年07月27日

アメリカでもショッピング

再びバーリントン空港へ降り立ち、疲れの見える私たちは自宅でゆっくり過ごす事とします。その空港から自宅までは、シャンプレーン湖をぐるっと大回りして車で行く方法と、フェリーでオーセイブル・カズム近くのポート・ケントまで若干ショートカットする方法があり、景色が綺麗な夕方のために後者を選びました。
フェリー1


フェリー2
対岸まで20分程ですので船上に車で乗り付けてそのまま、アンカー等で固定する事はありません。冬場は湖面が厚く凍りますがフェリーの運休はせず、その凍った水面を豪快に砕きながら進むそうです。
車外に出ればアトランタとは違うからっとした空気と心地よい風に体が癒されます。

翌日からの観光計画は無く、買い物好きの私を気遣い2時間半のドライブでレイク・ジョージのアウトレットを訪れました。
カナダの国旗が掲揚されているのは、カナダ人の方のショッピングスポットになっているからでしょう。カナダナンバーの車も多く駐車されていました。
レイクジョージアウトレット1

価格は圧倒的にアメリカのアウトレットの方が安いですが、店舗数とブランドの多さ、フードコートはジャズドリーム長島の比ではありません。
レイクジョージアウトレット2

ダンキンドーナツアウトレット店のSサイズの飲み物・・・
ダンキン

日本の様に一つの敷地に集約しておらず、4つのメインアウトレットはそれぞれ2つずつ隣接し合い、交通量の激しい道路を隔てて分かれています。2つで買い物を済ませ残り2つへ行く場合は道路を横断する事になるのですが、その道路には横断歩道のみで信号機は設置されてません。

日本で馴染みのブランドが多く目新しさはありませんが、特筆すべきは価格です。設定された定価が日本より大幅に安く、そこから更にアウトレット価格になるため非常に値ごろ感があります。そんな価格が掲示されていると気持ちがうずき、我慢できず購入するのは仕方が無い事と言い聞かせます。

Polo Ralph Lauren 黒デニムジャケット 59.99ドル
ポロデニムジャケット

同じくリペアデニムシャツ 77.99ドル
ポロデニムシャツ
Poloですが、上級ブランドのRRL(ダブルアール・エル)にも負けていない仕上がりです。

他にCoachウォレット、Lindt板チョコ、そして日本に持って帰れませんがビーフジャーキーを日本で買い物する感覚で手にしてしまいました。
ビーフジャーキー

ディナーはテキサス・ロードハウスにてアメリカンステーキをがっつりいただきました。大混雑の店内の待合には、塩味のついたピーナッツがどーんと樽に入って置いてあり自由に食べて良いシステムです。剥いたピーナッツの殻は床に捨てます。
テキサス1


ピーナッツ


ピーナッツ樽

日本で食べるアメリカンビーフは堅いイメージがありますが、脂身がほとんどない無いとても柔らかい肉に驚きました。肉汁も感じられます。
付け合せは、グレービーソースがかかったマッシュドポテト、そしてホイップバターが乗ったベイクドポテトです。当然アメリカンステーキならA1ソースは必須です。
フィレ

肉もポテトも非常に美味しいです。年配の方でも食べれるあっさりした柔らかさ。胃もたれしません。
フィレ1


チョップド

ブルーチーズドレッシングも美味しい。
ブルーチーズ

途中ほんの少しグレードが高いスーパーに立ち寄りお土産等を調達しました。
hannaford


ハナフォードビア


ミルクガロン

アメリカで過ごす時間は瞬く間に過ぎ去り明日は最終日です。



yoyaya2 at 01:30|PermalinkComments(0) 日常 

2019年07月26日

Georgia On My Mind(2)

翌日の朝食はホテルでは無く、ダウンタウンで人気のグリル店で摂る事にしました。アメリカ南部、特にディープサウスと呼ばれるジョージア州では、「グリッツ」と呼ばれるトウモロコシ粥のような食べ物が家庭での朝食に提供されます。その味が忘れられなくて出かけました。

2017、2018年連続デイリーニュースの読者が選ぶブレックファーストアワードに選ばれた店です。
gus grill


gus's Guril

久しぶりに目にしたグリッツに感激しました。そのまま食べると甘さの無いトウモロコシ味ですが、これがシンプルで美味しいのです。渡米当初は「何これ?」と思ったのですが、次第に慣れ美味しく感じるから人間の味覚は面白いです。
好みで塩、こしょう、バターを加え混ぜたり、ベーコンやスクランブルエッグと一緒に食べても美味しいです。
グリッツ


ガス朝食


ガスパンケーキ
学校のカフェテリアの朝食をイメージしていたのですが、少しグレードの高い食事でした。

私が居住していた町の滞在は1日、この日はアトランタのダウンタウンへ向けてホテルを出発しました。私一人ならもう数日滞在して懐かしむのですが、今回は孫の楽しみを考えました。
アトランタのビジネス渋滞は酷いと知っていたのでその時間を外し、来たハイウェイを戻りダウンタウンへ向かいます。
アトランタ市街

滞在ホテルは、ワールド・オブ・コカコーラ、水族館、CNNセンター、オリンピック記念公園のすぐ近くのハイアットハウス・アトランタでダイニングキッチンを備えた6人宿泊可能な部屋です。
この辺りはミッドダウンタウンに位置する、かつて屋内アリーナのThe Omniが有った場所です。ロック好きの私は、The Omiへロックコンサートを見に行ったり、学校休日になるとアトランタへ出かけ、ダウンタウンを抜けレコードショップ「Peache's」にレコードを買い求めに行ったりしました。
今ではThe Omni跡地はCNNセンターになり、辺り一体はオリンピックを境に綺麗に整備された様です。

アトランタは黒人の方が多く、当時は高い失業率の為に失職者を街の至る所で見かけ危ない雰囲気のする場所が点在していました。宿泊ホテル周辺はその雰囲気の名残を感じる場所でしたが、現在は安心して歩ける雰囲気に変わっていました。

ホテル到着が早くチェックインできるか心配しましたが、アメリカのホテルはチェックイン時間をきっちり定めておらず、部屋の準備が整っていれば早くてもチェックイン可能です。

チェックインを済ませ向かった先はアトランタに本社があるコカコーラの博物館ワールド・オブ・コカコーラです。
coke


コーク

瓶を一瞬見ただけでコークと判別が出来るのはこのコンセプトからだったと初めて知りました。
ボトルポリシー


100 bevarage

コカコーラの歴史、製造工程、4Dシアター、世界中コカコーラ販社が販売するその地域の飲み物、そしてT-シャツやアクセサリーの土産物ショップなどが楽しめます。

次は隣接するジョージア水族館に向かいました。世界最大の水族館ですが、2020年により一層大きく広くなって開館する為に新館を建設中でした。コカコーラ博物館も水族館も入館前に念入りに空港並みのセキュリティチェックが行われていたのが印象的でした。
訪れたのは平日ですが、アメリカの小、中、高校は7月1日から8月31日まで夏休みのため家族連れを多く見かけました。
Aquarium


Aquarium2

一通り見て回るのですが、後半は連日の観光疲れとニューヨークとは異なる日本の梅雨に似た気温と湿度の高さに体力が奪われ、元気な孫たちをよそ目に椅子から立ち上がるのがしんどい状態に陥ってしまいました。年齢と体力の無さを痛感した次第です。
この他に動物園、植物園、巨大な岩に彫刻を施したストーンマウンテン、マーティン・ルーサー・キング牧師の生家など見所が多数あります。

夕食はホテルにほど近い評判のドイツ料理店です。早い目に入店したので席を確保出来ましたが、その後すぐに満席になり店の人気の程が伺えます。グリル、フライが多いアメリカ料理とは異なり、ボイル、煮込みのドイツ料理を注文し味の変化を楽しみました。


ドイツソーセージとザワークラウト
ドイツ料理3

ビーフ煮込み
ドイツ料理

翌朝は、コンチネンタルブレックファーストとは異なるビュッフェ形式のホテル朝食ですがこれがまた美味しい。自分で焼くワッフル、調理して席まで運んで卵料理など温かい食べ物が多くあります。
ハイアットホテル朝食

フライトまでの時間にはオリンピック記念公園を訪れました。緑豊かな広い敷地に南部の中心地アトランタのミッドダウンタウンである事を忘れます。しかし周りにはコカコーラ本社やCNNセンター、ピーツリープラザホテルが立ち並び改めてダウンタウンである事を悟ります。
アトランタミッドタウン

ホテル駐車場から空港レンタカー返却場まで移動はスムーズで判り易くなっています。ナビはアップルカープレイのグーグルマップで十分です。ちゃんと音声ガイダンスしてくれて迷う事はありません。しかしこれはアメリカにおいての話しになります。
カープレイ


マルタ
日本のカーナビゲーションにメーカー純正品なら購入に50万円近くする上地図更新料も必要で非常に勿体ないと感じますが、メリットもありますのでまた別の機会にでも書きたいと思います。

充実したジョージア州での観光が終わり、再びニューヨーク州の最終章へと続きます。


yoyaya2 at 20:20|PermalinkComments(0) 日常 

2019年07月25日

Georgia On My Mind(1)

今回のもう一つの目的に40年前私が住んでいた街と通っていた学校への再訪、そして友人との再会があります。いよいよその目的を果たす日がやって来ました。

早朝6時のアトランタ行き便に間に合う様自宅を午前3時に出発、バーリントン空港へは4時半ごろの到着にも関わらず大混雑しています。国内フライトですがセキュリティは非常に厳しく、爆薬検査犬の巡回、火薬検査紙を用いられ検査を受けました。

ハブ空港へは大きな機材を用いるのかボーイング737-800でした。アトランタへ向けて出発は6時、到着が8時40分です。満席では無いですが、早朝にも関わらず90%の搭乗率の様でした。
BTV-ATL

アメリカは、空港、飛行機の中、飲食店、ホテルロビー、ショップどのお店もエアコンをガンガン効かせて寒い程です。省エネなどの観念は皆無、あるのは日本ぐらいでしょう。訪れる方長袖は必須ですよ。
シャンプレーン湖2

到着したアトランタ空港は、昔とは全く様変わりした空港になっていました。アメリカで一番多い発着回数、一番混雑する空港は現在も拡張工事が行われています。
広大な敷地にトラム、マルタ、スカイトレインの3つの移動手段があり、バゲージクレームや大きなホテルまでトラム移動、そこから更にレンタカー会社、小さなホテルまではスカイトレインで移動するなど大きな空港ならではの距離があります。しかし合理的に考えた判り易い空港のためほとんど迷う事はありません。
atlanta welcome

スカイトレインを降り、案内板に従って階下へ向かうとそこは上下階に別れているものの10数社のレンタカー会社が同居する専用の建屋でした。私達は6人、手荷物もあり50マイルほど南下するのでレンタカーが必要ですが、直接ダウンタウンへ行くならマルタを利用します。
レンタカー受付
レンタカーに乗り空港を出てインターステイトハイウェイに乗りますが、レンタカーおよび空港パーキングロットから直結しているために短時間で乗れました。良く考えられて機能的に出来て居ると感心しきりです。

私がいた頃のハイウェイの制限速度は55マイル/h、一般道が35マイル/hでした。それが最高速70マイル/h、最低速40マイル/h、一般道45マイル/hに改正されていたのは驚きでした。一方日本は昭和30年終盤に初めてできた高速道路の名神が100km/hを設定してから変わっていない現状をどう解釈するしたらよいのでしょう。
I-85-1

目的地が近づくにつれ気持ちが高揚し始め、40年前の私がいた頃はなど饒舌に話す様になっていました。

学校へは、この日の為にthe alumni officeと前もってコンタクトを取り校内見学の許可を得ました。幼い子供含めたアジア人家族6人が校内を見て回る訳ですから、学校側が不審に思ったり、それが元で家族に不快な気持ちを与えてはいけません。またサマースクール期間中のインターミッションのため学校クローズドを確認する意味合いもありましたが、一番は学校に対して敬意を払い礼儀を尽くす為です。

いよいよ市内へ入りました。当時見たダウンタウンの噴水、街並みなど懐かしい光景はそのまま、次第に記憶が蘇えってきますが、ダウンタウンを抜けまずは学校を目指します。
噴水2


ダウンタウン

学校の駐車場から連絡すると出迎えてくれるそうで全員でオフィスへ向かいました。ほんの数分歩くだけですが、途中校内にいろいろ変化がありました。当時と比べ学生数は3倍、敷地面積は5倍になっているのですから当然でしょうか。
その昔広く感じたオフィス横のパティオは、実際にはそんなに広さはありませんでした。子供の頃に大きいと思っていたのが、大人になって再訪すると意外と小さかったと感じる事があります。それと似た感覚です。
パティオ

初めて会うalumniスタッフですが、そこはOBの私とその家族に対して一同が大歓迎で迎えてくれました。しばらく会話した後に、好きなだけ自由に見て回り、施錠された室内へ入りたければ喜んで開錠するよとも言ってもらいました。
当時あまり感じた事はなかったのですが、改めて見て、手入れ、清掃が行き届いた大変美しい学校に私共々長男夫婦、妻は感動していました。

住んでいた寮は当時のまま
学生寮


校内の教会
校内の教会


大学1


大学2


大学4

この左側にはフラタニティ(グリーククラブハウス)が有ったのですが整備されていました。
大学3


治安の心配が無い安全な場所に学校は有ります。
大学近くの住宅

しばらく自由に見て回り、昔の光景そのままに対しては懐かしさが溢れ、変化には驚いた2時間でした。
再度オフィスへ向かい挨拶をすると在籍時のアルバムを出して家族に見せていました。若くて長髪、しかも子供っぽい顔に全員が爆笑、とても恥ずかしかったのですが良い時間を共有でき、孫に学校グッズのお土産までいただきました。

日本の大学を卒業した長男の感覚では、学校へはいちいち連絡せずに勝手に見え回ったら良いのではと話してたのですが、アメリカであろうが日本であろうが相手に連絡を取り許可を得るのは礼儀として大切と教え、それに対して相手もきちんと礼儀を返してくれる場合があるのが判ったのは収穫と話していたのが印象的でした。

遅い昼食を摂るために向かった先は、学生時に良く利用したフライドチキン屋さんです。今もあるかどうか不安でしたが老朽化していたもののしっかりと営業していました。スタッフが全て黒人の方は当時と一緒。
チヤーチーズ

ランチ後短時間で町を見て回りましたが、私が良く利用した地域は廃れていたり名称が変わっているお店が多いのに一抹の淋しさを受け、改めて40年の歳月は長いと痛感しました。反対にハイウェイ出入り口が大きく発展していたのに目を見張りました。

当時は対面通行、しかも両側に何もなかったのが今ではこんなに発展してました。
I-85出入り口付近

その後ホテルへチェックイン、孫は噴水でしばらく遊び、私はホテルロビーを訪れてくれた友人と談笑、お互いの家族一緒にメキシコ料理を堪能したのでした。
この日集まった双方の家族は合計で17人。たった2組の夫婦からこれだけの人数に増え、そして子供たちの世代へと申し送りをしていくのです。
友人家族

アメリカで食する料理は、安くてボリュームがあり最後まで食べきれずに残してしまいます。
メキシコ料理


メキシコ料理2


噴水

昔利用した地元では大きな衣料品店が無くなり、その跡地にコートヤードマリオットが建っていました。
その衣料品店で、地方では未だほぼ無名のカルバン・クライン本人が、ハウスマネキンとしてジーンズを販売しており購入した記憶が昨日の様に思い出されます。
コートヤード宿

ホテルの窓から噴水を眺め、あわよくばこのまま時が止まって欲しいと願いながら夜は深まって行きました。




yoyaya2 at 23:08|PermalinkComments(0) 日常